Columnコラム
新入社員を守る安全運転教育|今、企業に求められる安全マネジメント

「新入社員が社用車で事故を起こさないか不安……」
実は交通事故データを見ると、若年運転者の事故リスクは高齢者よりも高いのが実情です。さらに近年の新入社員は運転経験が少なく、不安を抱えたまま業務に臨んでいるケースも少なくありません。
本記事では、交通心理学の専門家である追手門学院大学の東正訓教授が、若者の事故が多い心理学的理由から、新入社員の不安に寄り添った実効性のある教育法、事故を防ぐ職場風土のつくり方まで分かりやすく解説します。
目次
この記事で分かること
- 若年運転者の事故リスクの高さと背景の理解
- 新入社員の不安に寄り添った実効性のある教育
- 職場風土の改善と組織的な安全管理の徹底
はじめに

筆者は大阪府にある追手門学院大学心理学部で心理学の教育、研究に携わっています。専門が交通心理学であるためか、卒業を控えた学生から「就職先の営業でクルマを運転することになっています。ペーパードライバーなので、とっても不安です。都心での車線変更なんてまったく恐怖です」、「駐車が苦手で、会社のクルマをこすったらと思うと不安で・・・」といった声を聞くことがよくあります。
4月から新社会人となる卒業生から、仕事で運転に対する不安を聞くようになったのは、ここ10年くらいのことです。20~30年前の大学生といえば、18歳で免許を取得し、クルマで彼女とドライブできて一人前という感じでした。
しかし、昨今は違うようです。一部の大学生は、自動車教習所で免許を取得した後は、就職するまでさほど運転経験がありません。そして、社用車を運転する際に大きな戸惑いを感じていますが、就職してすぐには上司に不安を言い出せないのかと思います。
企業には、従業員の心身の健康と安全を守る安全配慮義務(労働契約法第5条)※があります。その中には社員が社用車を運転する際の安全を配慮する義務も含んでいます。何らかの教育的介入がなければ、社用車を運転する戸惑いが職場適応を危うくさせ、さらには重大な事故を引き起こすリスクが放置されたままとなるのではないかと思います。
※参照:e-Gov法令検索
交通事故が起これば、被害者ご本人、そのご家族はもちろん、第1当事者となった社員も大変です。ひいては企業の評判にも多大な影響があることはいうまでもありません。例えば営業所の近くで子どもをはねるような事故を社員が起こしたらと想像してみてください。
そこで、企業が安全運転教育に主体的に取り組んでいただきたく、いくつかのヒントを後で指摘したいと思います。
若年運転者の事故リスクは高齢者よりも実は高い

そもそも若者が運転中に事故を起こす確率は、他の世代に比べて高いという事実があります。世間では、高齢者の事故リスクが高いとして免許返納がメディアで盛んにいわれていますが、高齢者よりも自動車の事故や違反が多いのが若年運転者なのです。
実際に、わが国の最近の交通事故統計を見てみましょう。警察庁交通企画課がまとめた令和6年(2024年)「一般原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数の推移」[研S1.1]※によれば、若年運転者は事故リスクが他の年代よりも極めて高いことがわかります。
※参照:e-Stat 政府統計検索
具体的には、免許保有者10万人当たりの事故件数は、16〜19歳の層が976.3件と、他の世代よりもはるかに高く、20〜24歳の層も551.0件、25~29歳でも399.9件と、全年齢平均(約329件)を上回っています。昨今、危険だとされる高齢層を見ると、85歳以上で496.1件、75〜79歳で377.9件です。
これらの件数は各年代の免許保有者10万人当たりの数値に直したものです。つまり、各年代層の事故の起こしやすさの確率(事故リスク)に対応した数値です。
各年代の結果を、棒グラフにまとめてみましたので、ご覧ください。縦軸は各年代の免許保有者10万当たりの事故件数です。20代前半の若年運転者の方が高齢者よりも事故を起こす確率が高いといえます。

資料提供:追手門学院大学 東 正訓教授
警察庁交通企画課 令和6年(2024年)「一般原付以上運転者(第1当事者)の
年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数の推移」を参考に作成
現に日本の保険会社では、これらの統計事実に基づいて、若者の自動車の保険料を高く設定しています。他国では、若者が免許を取得しても、年長者が同乗すること、異性を助手席に乗せないこと、夜間の運転はダメといった制限がつくこともありますが、若者の高い事故率にもとづいた政策です。若年運転者の事故リスクの高さは世界共通の現象なのです。
以上のことから新入社員の安全運転教育を行い、事故を防ぐことは、企業にとっての重要なリスク管理、また社会的責務でもあり、そして従業員の安全や生活を守ることなのです。
なお、若年運転者の事故につながる特徴的な違反は「安全不確認」「脇見運転」「漫然運転」「動静不注視」といったものです。また、高速度域での事故が多いのも若者の特徴の一つであり、リスクテイキング傾向、衝動性の高さが指摘されます。脇見運転などの背後には運転中のスマートフォンの使用もあるのでしょう。
若者に事故が多い心理学的理由

では、なぜ若者は自動車事故や違反をする可能性が高いのでしょうか?
それにはいくつかの理由が考えられます。まず、運転経験がないために、危険予知・発見能力が低いことが挙げられます。交通心理学的にいうと、運転中に潜在的な危険対象(潜在的ハザード)を発見し、その先を予測して事故を回避する「潜在的ハザード知覚」の能力が低いからです。
潜在的ハザード知覚とは何か?
ここでは例題で説明しましょう。あなたの前を走る路線バスがバス停で停止しました。お客さまが乗り降りをしているようです。さて、あなたはどのように先を予測して運転しますか?
潜在的ハザード知覚が低い人は、速度を上げて路線バスを追い越してしまうでしょう。バスの車体による死角から飛び出してくる乗降客や、バスに乗ろうとして対面道路の歩道から走りだしてくる人がいるかもしれません。
このような潜在的ハザード知覚の能力は心理テストによって測定されます。その得点は、年齢が上がると得点も高くなることが明らかにされています。つまり運転経験や年齢が影響していると考えられます。免許を持っている新入社員の方々は、潜在的ハザード知覚が低い人が多いだろうと思われます。
若者に事故が多いもう一つの理由は、衝動や感情の高ぶりがあると合理的な判断ができなくなるという発達的特徴が関わっています。皆さまのなかにも、自分が若い頃、なんであんなむちゃや挑戦をしたのだろうかと思う出来事が一つや二つあったかと思います。

これは、脳の部位や部位間の連携が成熟するのに時間差が生じるという人間の発達的特徴によります。脳の奥の方にある大脳辺縁系は本能的な欲求や感情をつかさどっていますが、感情や衝動に意志決定を乗っ取られるまえに理性で抑えるのは、額の裏にある前頭前野という部分です。
こちらの前頭前野と大脳辺縁系の神経的な連携が成熟し、感情や衝動を抑えるようになるには20代半ばあたりまでかかります。
また、衝動制御の遅れという発達的パターンには進化的な意味があって、若くて体力があるうちに、親元を離れて家族以外の人々と関わったり、新天地に移動したり、敵対する他者と戦うことができるように、太古の時代から人類に備わったと考えられます。
衝動や感情の抑制が弱いという若者の特徴は、リスクにおびえずに若者に挑戦を促すうえでは適応的である反面、今日では人命を損なう可能性のある運転場面では不適切に働く場合があります。
例えば、運転中に気分が上がってスピードを出し過ぎたり、疲れているにもかかわらず長時間連続で運転したり、無理なタイミングでも交差点で右折する、これぐらい大丈夫だとスマートフォンを使用しながら運転したりすることにつながってしまうといった具合です。
若いうちにこのような運転の癖がついてしまうと衝動や感情の高ぶりがなくとも習い性で危険な運転をしてしまうことになります。
新入社員の安全運転教育

それでは、どのように新入社員の安全運転を教育していけばいいでしょうか?いくつかポイントをあげたいと思います。
1. 新入社員の運転に対する不安を理解する
まずは、新入社員が運転に慣れていないこと、そして業務での運転に不安や戸惑いを感じていることを、上司や先輩が理解するようにしてください。新入社員は、そのような不安を上司や先輩に自発的に打ち明けることはしにくいはずです。こちらからくみ取ってやるべきです。具体的には、配属前に自動車の運転経験(距離や頻度)、苦手な場面(合流、右折、車庫入れ・駐車など)を聞いておくとよいでしょう。
2. 職場での実効性のある安全運転教育
次に具体的な安全運転教育の仕方について、いくつか提案をさせていただきます。新入社員の不安を取り除くためにも、入社直後から安全運転教育を始めましょう。座学だけでなく、実技研修も行うことが必要です。先輩社員が行うのもありかもしれませんが、教育技術や安全面で限界があります。教習所などでの研修が有効でしょう。
例えば新入社員が営業先での駐車時の物損事故が非常に多く報告されています。駐車の仕方、バックや狭い道の通行法について念入りに実習してもらうとよいでしょう。これは高い効果が期待できます。
その後は、先輩社員が営業先への模範運転を見せる、新入社員に実際に運転してもらう際に同乗して不安をやわらげ慣れてもらうといった実地訓練が必要となるでしょう。

3. 職場風土、安全風土の見直しの重要性
業務上の交通事故は起きても仕方がない、個人の責任だ、取引先に早く到着するためには、速度を上げて運転しても仕方がない…。こういった認識や雰囲気が共有されている職場では、安全運転教育はさほどなされず、メンバーの安全運転に対する意識が低くなり、新入社員が入ってもその職場風土に染まってしまい、組織として事故が起きやすい条件が続いていくことになります。
例えば営業先が多すぎるために顧客回りはどうしても急ぎ気味である、遅れそうになると運転中でも先方にスマートフォンで連絡をいれることがある(運転中は電話にでないことを決めている、営業先にも運転中は電話をしないことを決めている会社もあります)、急ぐあまり先方の駐車場で別のクルマや構造物にぶつけてしまうことがあるといったことがその兆候です。
このように、時間的プレッシャーをかけると焦りから正しい判断ができず、スピード超過運転や強引な右左折、駐車時の事故につながります。職場で「急げ!急げ!」の風潮、雰囲気(職場風土といいます)がないかどうか振り返ってみてください。

「急げ!急げ!」の職場風土のもとでは、業務遂行時に時間的プレッシャーがかかるために、安全運転に集中できなくなります。この場合、業務遂行手順や顧客対応に工夫をすることで、焦って運転する必要がなくなり、事故は減らせるはずです。
このような改善点や具体的な工夫は、社員の多くの方が気づいているのですが、なかなか言い出せない職場が多いです。そういった職場では、職場風土の改善が必要です。社員が改善をなかなか言い出せない職場は「心理的安全性」を欠いていると組織・産業心理学の立場から判断できます。
心理的安全性を欠く組織では、事故が多発するだけでなく、職場の生産性全般に悪影響がでていることが知られています。
このような問題は、どんな職場でも大なり小なりあるので、皆で衆知を集めて解決するようにしましょう。このコラムを読んでいる人は、職場のリーダーである人が多いと思います。リーダーであるあなたが指針を示し、衆知を集めることができれば、職場の安全やひいては仕事の効率、生産性をアップすることにつながるでしょう。
職場風土の改善には、リーダーだけでなく、メンバーの意見をとり入れることが欠かせません。そのためには社内の交通安全に対する雰囲気づくりが必要です。経営者や管理職がトップダウンで伝えるよりも、若い社員に、道路交通法の改正の紹介など、社内での研修での講師になってもらうのもいいでしょう。

人前で主張した意見や考えを自分の意見や考えとしてより強化し、内面化するという心理傾向があることが心理学的に知られています。その結果、若手社員の運転行動も改善されます。
また、社内の安全教育の一環として、ネット上にあるハザード知覚の訓練をする段取りを若手社員にしてもらう役割を担ってもらうこともよいでしょう。ITに最も慣れ親しんだ若者に安全運転に興味をもってもらい、会社に貢献してもらうのも、若手社員の資質発見、向上に資するのではないでしょうか。
こうした取り組みによって、会社が安全を重視していることを再々感じることができれば、社員の安全意識が喚起され、職場の安全風土が維持されます。
おすすめは、各地で開催される交通事故ゼロキャンペーンに会社として参加することです。期間内に交通事故ゼロを達成できれば、表彰してもらえますし、ラジオ番組で社の代表者が取り組みについてインタビューを受ける権利も得られることがあります。
大きな宣伝効果とともに成員のプライドや社会貢献感を高め、よい循環が期待できるでしょう。経営者や上司が従業員の安全を重視する姿勢を、このような社内行事や取り組みの形で示すことがポイントです。
結びにかえて
大学教員として、社会に巣立っていく若者が、ドライバーとしての安全運転の能力と社会性を身につけ、社会人として活躍してもらうことを強く願っています。
卒業後はぜひ、新社会人を迎え入れた企業様のご指導に期待するところが大であります。安全運転教育を通じて、社会で有為な若者を育ててくださることをお願いしたいと思います。
筆者のプロフィール
東 正訓氏
追手門学院大学 心理学部教授 主幹総合交通心理士 / 一般社団法人交通科学研究会 会長
関西大学社会学部、帝塚山大学大学院 心理科学研究科などの非常勤講師も兼務。
交通心理学、社会心理学を専門とし、地域・道路上の交通安全、組織活性化に資する効果的なキャンペーンの提言に取り組む。
【主な受賞歴】
・2011年 交通栄誉章 緑十字銅章(一般財団法人全日本交通安全協会)
・2018年 日本交通心理学会 第83回大会「優秀論文発表賞」など